白蓮会館九州本部

健康増進・護身練胆・精神修養 …世間の法に染まざること 蓮華の水に在るが如し 佐賀・唐津・福岡市城南区空手道場

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 格闘技を学ぶ者は絶対にケンカしちゃいけないの?
 
大人になってまでケンカすることはほとんどないでしょうが、
入門してきた子供達にはこれだけ伝えます。
 
『学校で空手を習っていない他の友達や、小さなおとうと、いもうとたちに
空手の技を試したりしてはならない』。
 
当たり前ですねー。
空手の技って、人を傷つけるためのものですから。
学校で誰かになぐられて、ありがとう、ってお礼を言う人なんていないんです。
 
ただ、道場は別。
『おねがいします』って言いながらお互いに手を出し合う。
殴られたのに『ありがとうございました』とお礼を言う。
前後に挨拶があるからケンカにならない。
 
道場は、自分が強くなるために手伝ってくれた相手に感謝する。
お互いが同じ目標を向いているからこそ、それが可能なのです。
だから道場の友達と親友になれるんだと思います。
 
空手を使って良い時は、ケンカをやめさせる時です。
 
ケンカに強くないとケンカは止められない。
 
弟や妹があなたのケンカを止めに入っても、あなたたちは言うことを聞かないでしょ?
逆に、先生やおとうさんが止めに入れば、すぐケンカは治まります。
 
それは、先生やお父さんが、あなたたちより強いからなんです。
強くなくてはできないことなんですよ。
 
正しい判断力と人間関係を養うことを、空手を通して少しずつ教えていければと思っています。
 
白蓮会館・大野本部長によるブログ
          ほぼ毎日更新中。

大野本部長によるラジオレギュラーコーナー
『佐賀んもんのちからくらべ』
NBCラジオ佐賀(1458mhz)
『フッチーのらしさ×2』内
隔週土曜日15:30~放送中

 打点王と最多勝
 
プロ野球に関して、子供の頃はわからなかったけれども、
空手を一生懸命やってみて初めてわかったことがあります。
それは、個人タイトルのなかで、最多勝投手と打点王がいかにすごいかということです。

わたくしは子供の頃から、スポーツ全般が苦手だったくせに、
プロ野球を観るのは好きで、ご存知のようにドラゴンズのファンでした。
わたくし自身は剣道をやっていましたが、もっともっと上達したい、
というような積極的な気持ちはなく、ただ在籍していただけという感じです。
要するに、真剣に『勝負』をしたことのない子供でした。

中学生当時、ロッテから落合選手がトレードで中日に移籍し、
バースとの三冠王対決だとかなんとかと騒がれていました。
過去の個人成績を比較してみると、打率・本塁打でバースがリード、打点だけ落合でした。
子供の頃のわたくしは単純に、バースの方がすごいやん、と思いました。
なぜかというと、バースが2つのジャンルでリードしているからではなく、
わたくしは打点というものの価値を低く考えていたからです

ヒットを打つ確率が高いのと、たくさんのホームランを打つというのは、完全に自分の実力です。
しかし打点は、たまたま自分がヒットを打つ時にどれだけランナーがいるかに左右されるため、
純粋に実力とは言えないと思いました。
打点王になるには、自分の打順や1・2番打者の出塁率などの外的な好環境が必要です。

最多勝もそうです。
最優秀防御率の投手ですら、在籍チームの打線が悪ければ勝ち星に恵まれないのです。
さらに、その試合で投げ合う相手ピッチャーが誰なのかにも影響されます。
たとえ9回を1点に押さえる素晴らしいピッチングをしても、相手投手が完封してしまえば負け投手。

要するに、かなり防御率の悪いピッチャーでも最多勝投手になることがあるため、
シーズンのトータルで最も優秀な防御率を残した投手こそ真の実力者だと。

自分以外の要素に影響される打点王と最多勝の2つのタイトルは、
首位打者や防御率よりも値打ちのないものだと認識していました。


ひと昔前、巨人の四番は原辰徳でした。
巨人の四番の宿命かもしれませんが、原はマスコミから当時、
チャンスに弱く、どうでもいいときに良く打つ、といつもボロカスに叩かれていました。

でも個人成績はかなり良いんです。
真剣にスポーツをやった経験のない中学生当時のわたくしは、
原が叩かれる意味が全然わかりません。
この打席は凡退してもいいや、と思いながら
バッターボックスに立つ野球選手なんて絶対にいませんよね。
誰だって全ての打席で、良い結果を出したい!と思いながら、投手と対戦しているのです。

ということは、原はたまたま得点圏でのヒットが少なかっただけで、
それをとやかく言うのは間違いだと思うのが自然です。



数年後。
 
 
わたくしは大学に入り、生まれて初めて真剣に空手をやりました。
毎日毎日どうやったら勝てるのかを考えて過ごしていました。


成績が良い時もあり。
はたまた悪い時もあり。

だいぶ悩みました。


そうやって、勝負の世界で長いことやってきて、ある時、
ふと最多勝と打点王の凄さが理解できるようになりました。

というより、野球においては勝ち投手と打点を叩き出した打者こそが、
最も評価されるべき存在なのだと思うようになりました。

やはり、落としちゃいけない試合がある。
打たなきゃならない打席がある。

毎回真剣勝負なのは当たり前。

しかし、毎回の真剣勝負の中に、さらにさらに真剣に勝負しなければならない、
それこそ『勝負時』があるのです。

落としちゃいけない試合を絶対押さえて勝つ投手。
打たなきゃならない打席で絶対に打つ打者。


防御率が悪い?
打率が低い?


関係ありません。


押さえるべき試合を押さえ、打つべき時に打つ選手が一番すごいんです。

本当に勝負に必要な条件は、時に従って力を出せること。

中学生のわたくしは、選手の残した数字だけを比較するだけで、全てを評価していました。




練習のスパーリングで強い?

予選を1位で通過?

模擬試験でA判定?


すべて!

本番で負けたら意味をなさない。
本番の結果こそが実力なんです。

最も求められることは、集中力。
平素の勝負に対する気持ちをかき集めて、
来たるべきその時に一気に爆発させることでしょう。


 負けられない理由
 
やはり誰しも一回戦だけは勝ちたいもの。

ところが、二回戦を迎える時の心境はどうでしょう。
心の中に、とりあえず1試合勝ったから、ここで負けても、まぁ、いいじゃないか、
って、負けてもいい理由が現れる。

もし開会式まで勝ち上がったら、
開会式まで進んだんだから上出来だよ。ビデオにも写るよ。

もし準決勝まで勝ち上がったら、
トロフィー持って帰れるんだから上出来だよ。3位入賞だよ。すごいよ。

もし決勝まで勝ち上がったら、
ファイナリストだよ。ここで負けても準優勝だし。よくやったよ。

みたいな感じで、すぐ戦いをやめようとする。

負けてもいい理由は、そこらじゅうにあります。

次の相手は前年度のチャンピオンだ。負けても仕方ない、とか。
今日は朝から熱っぽい、とか。
昨日はよく眠れなかった、とか。
今大会前は、仕事が忙しくて思うように練習できなかった、とか。
あそこをケガしてる
ここをケガしてる、とか。
だいたい、俺はこの大会に出るのはイヤだったのに、
支部長に言われて仕方なく出た、とか。



負けても仕方ない理由を、知らず知らずに口にして、自分自身をどんどん洗脳します。

なるほど、俺はケガをしてるから負けてもいいんだ。
ケガをしてるなら負けるのは仕方ないことなんだ。
ケガをしてる選手が負けるのはむしろ正しいことなんだ。
じゃあ、俺はここで負けていいんだ。

という思考が完成して、やっぱり負ける。



知らず知らずに精神を蝕んでいく、こいつら『負けてもいい理由』。
こいつらのことを仏教では『魔』と呼ぶのです。

魔に勝つにはどうすればいいか。

そりゃもちろん魔と反対に作用する力を利用するしかない。
負けられない理由を集めるしかない。
勝たなきゃならない理由を集めるしかない。
よく、
『優勝したいと思う気持ちが一番強い選手が優勝する』
といいますが、勝たなきゃならない理由がたくさんある選手は、途中で試合を捨てない。

もちろん誰しも迷う瞬間はあるでしょう。
でも、勝ちたい理由、負けられない理由が全身を包み込み、底力が発揮できるのです。

皆様の勝ちたい理由は?

負けられない理由は?

それを集めて試合に臨んでください。


ひるがえってわたくしの現役時代を考えても、
負けてもいい理由が正当化された瞬間、全試合負けてます。

逆に、勝ちたい理由が多い時はほとんど負けてない。

わたくしが現役のころ、とにかく館長に褒められたかった。
だから勝ちたかった。
白蓮会館の全日本タイトルが他流派に持っていかれるのがとにかくイヤだった。
だから負けられなかった。
一緒に練習してきた先輩や仲間の応援に結果で応えたかった。
勝つしかなかった。

すっかり負けてもいい理由が増えて、いくら探しても勝ちたい理由が見つからなくなった時、
人は引退するのです。
 

 プロ意識
 
子供の頃なにがイヤって、宿題がイヤでした。

本来学校の宿題とは、子供に学力および学習の習慣をつけさせんがために、
教師が子供によかれと思って適当な難易度や分量を考えて与えてやる課題です。

ところが幼い子供にそんな狙いはわからない。
宿題なんか、なくなればいいのにと思う。

放っておけば低きに流れる幼い子供達には、
やはり宿題というかたちでないにしろ大人の手の差し伸べが必要なのです。

しかし目標に向かって、必要な知識を得ようと努力する自立した人格に、
もはや与えられた宿題はいらない。
明確に目標のある人というのは、わざわざ指導者が課題を与えなくとも、
勝手に目標達成に向かって動き始めるものです。


格闘技をやってる人で、道場の練習しかやらない人は、この業界の中でいえば、いわば小学生レベル。
練習がない日は一切カラダを動かさないということは、要するに、先生が、
『今日は宿題ナシです』
という言葉を聞いて、
『よっしゃああ!』
と叫びながら大喜びで遊びに出かけるガキンチョと同じです。

もし、大学受験を目前に控えた高校3年生に、
『今日は宿題ナシです』
と、全く同じ言葉をかけたら、彼らはどうするでしょうか。
大学入試直前に、学校の宿題がないからという理由で、
家で一切の勉強をしないような子は、まずいない。
学校から宿題が出ようと出まいと、
彼らは家に帰ってからいま自分がやらねばならない勉強をするでしょう。
なぜなら、彼らの眼前にはクリアすべき大目標があるから。
むしろ彼らは、宿題という勉強をしなくてよい分、
自分のやりたい勉強ができることを喜ぶはずです。


ファイターの皆様、あなたの目標は何ですか?

あなたの目標が、もし、競技者としてリングに立つことなら、誰かと戦い勝利することなら、
休日をどう過ごすかくらい自分で考えて実行してください。

新人戦に初出場するくらいの選手には、指導者はもちろん休日用の課題を与えることもあります。
彼らは、まだ練習方法が確立できていないから宿題が必要なのです。

しかし、全日本に出場する選手が、上から指示が出るのを待って動いてるようでは話になりません。
全日本と呼ばれる大会にさえ低い意識の選手が混じっているから、
実戦空手なんていくらカッコつけても所詮アマチュアのスポーツと揶揄されるのです。

わたくしはアマチュアスポーツの競技レベルが劣るとはこれっぽっちも思ってません。
わたくしは、実戦空手の黒帯は他のプロスポーツ選手に全く引けをとらないものだと思っていますし、
わたくし自身も、常にプロフェッショナルのアスリートでありたいと自覚を持って空手をやってきました。

一般に、プロとは競技に収益が伴うもの、アマとは収益が出ないものを指します。
しかしプロという呼称は、専門家であり、玄人という意味でもあります。

もしプロに較べてアマチュアスポーツが劣るとするなら、
それは競技そのものではなく、競技者の意識だけなのです。
競技者がプロとしての意識を持っていれば、決して劣ることなどない。

あなたがプロフェッショナルのアスリートならば、その名にふさわしい行動があるはず。

プロは誰かに与えられた宿題なんてやらない。
誰かにやれと言われたメニューをこなしているうちは、プロとは言えない。

プロとは、自分の目標達成に必要なことを、自分で探し出して、それをただただやりこむのみです。

杉原館長は、総本部所属の全日本ランカーに対して、
あの練習やれ、この練習やれなんかほとんど言ってません。

なぜなら、総本部の選手は、今思えばみんなプロだったんです。
誰かにケツを叩かれてイヤイヤ動き始めるような選手など存在しませんでした。
わたくしの在籍当時の総本部では、誰もが能動的に動いていました。
何かやれと言う余地などなかったのです。

師匠に、あれやれこれやれと言われている人は、まだ子供です。
失礼ながら、あなたがいまだに師匠から日々やることをうるさく言われているなら、
きっとあなたは課題を出されないと何もしない奴だと思われているからなのでしょう。

わたくしは、別に、技術的な指導を否定しているわけではありません。
指導者ですからその分野の専門授業をするのは当然です。

ここで言いたいのは、稽古のない日にサボらないように宿題を出されているような選手は
まだまだ素人だということ。

 
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